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help リーダーに追加 RSS 大河ドラマ【天地人】第二話 あらすじ・CASTの紹介 妻夫木聡主演!!直江兼続の生涯

<<   作成日時 : 2009/01/05 20:42   >>

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上杉謙信を師と仰ぎ、兜に「愛」の文字を掲げた戦国武将・直江兼続の生涯を描く
永禄3(1560)年、越後・上田庄の坂戸城主・長尾政景の家臣・樋口惣右衛門とお藤の長男として、兼続は誕生。幼名は与六、弟・与七、妹・きた。5歳のとき、謙信の姉・仙桃院に見込まれて、雲洞庵で景勝の小姓として仕え、謙信もその才能にほれ込んだ。これが兼続と景勝との主従関係の始まりだった。謙信の死後、景勝は景虎との後継者争いに勝利すると兼続は家老として、その才を発揮する。兼続には、あの織田信長、豊臣秀吉、徳川家康もその才能にほれ、同時に恐れたとか。現代では忘れ去られた日本人の「義」と「愛」を兼続の生涯を通して描く。

 

  

原作: 火坂雅志>>作品一覧こちら
1956年、新潟県生まれ。早稲田大学商学部卒。1988年『花月秘拳行』(講談社)で文壇デビュー。新史料をもとにした数々の意欲作を世に問うている。


 

 

脚本:小松江里子>>作品一覧こちら


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上杉家・景勝の家臣でありながら、
    豊臣秀吉、徳川家康らを魅了し、
      また、最も恐れられた男
       ―― その名は、直江兼続。


 


上杉謙信を師と仰ぎ、兜に「愛」の文字を掲げた兼続は、その波乱の生涯を通じて、民・義・故郷への愛を貫きました。

「利」を求める戦国時代において、「愛」を信じた兼続の生き様は、弱者を切り捨て、利益追求に邁進する現代人に鮮烈な印象を与えます。

大河ドラマは、失われつつある「日本人の義と愛」を描き出します!


 


第2回 「泣き虫、与六」

     (1月11日放送)

永禄7年(1564年)冬、5歳の与六(後の兼続/加藤清史郎)は喜平次(後の景勝/溝口琢矢)とともに、越後上田庄の寺・雲洞庵で修業生活をしていた。坂戸城では、輝虎(後の謙信/阿部寛)が姉・仙桃院(高島礼子)に喜平次は大将の器だと言い、さらに、与六は北天の王を守る北斗の七星だと、語り合うのだった。

そんな二人の思いを知らず、与六は生意気ゆえに、住職である北高全祝(加藤武)に叱られてばかりで友もいない。一方、喜平次は無口さゆえに、周囲の子どもたちと馴染めずにいた。

ある夜、与六はさみしさから実家を目指し雪の中、雲洞庵から抜け出す。気づいた喜平次は後を追う。何とか実家にたどり着いた与六だったが、母・お藤(田中美佐子)に追い返される。喜平次はそんな与六に「母上はお主を捨てたのでない。この喜平次にくだされたのだ。わしの側にいてくれ」と語りかける。この温かい言葉にむせび泣く与六。与六と喜平次の心が通った瞬間だった。

時は流れ、天正元年(1573年)、越後と信濃の国境近くの川中島の妻女山。14歳になった兼続(妻夫木聡)と同じく景勝(北村一輝)の家臣・泉沢久秀(東幹久)が武田の様子を探っていた。すると二人の前に武田軍の重臣・高坂弾正(大出俊)が姿を現す。上洛中であるはずの武田軍に不穏な動きがあると感じる兼続。

一方、天下統一を目指す織田信長(吉川晃司)は武田信玄を迎え撃つため、兵を進めていた。 天下の情勢は大きく変わろうとしていた。

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